原爆詩の朗読 / 堀 絢子
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死にたくなかったのに死なされた人の分まで生きて下さい!
私には父の記憶がありません。
毎年夏になると、母が泣きながら話す父の最期の様子を
私も泣きながら聞いたものでした。
終戦の2ヶ月前に軍医として召集され、被曝し…息絶えた父。
―舞台を通して原爆の非人間性を訴えたい。
父の供養のためにも反戦芝居の活動がしたい―。
堀絢子さんのことばです。
広島の原爆で軍医だったお父様を亡くされた堀絢子さんは、戦争で死なされた人々の弔いのため、長年反戦芝居の活動を続けてこられました。その想いに共感し、2013年〜2019年まで毎年プーク人形劇場の平和企画として、広島原爆投下の翌朝を舞台に描かれた、ひとり芝居『朝ちゃん』に取り組ませていただきました。
小さな身体から想像も出来ないほどの、エネルギー。
そこにはないはずの、あの時の広島の町が、炎が、うめき声をあげた瀕死の人々が、眼前にありありと浮かび上がるようでした。我が子の無残な最期に、ただ抱きしめることしか出来なかった母親の痛みと哀しみがリアルに胸にせまり、終演後しばらく立ち上がれなくなってしまうお客様もいらっしゃいました。
広島の原爆の悲劇を実体験した、絢子さんのお母様。そして、幼いころからその母の姿、ことばを刻みながら生きてきた絢子さん。そんな絢子さんは「死にたくないのに、死なされた人々の分まで、生きてください!」と訴えています。「生きたかった」でも「殺された」でもなく「死にたくないのに死なされた」という言い方がとても印象的で、そこに生きていた人や残された人の無念さが、実感をもって表されているように感じられます。
今回の原爆詩は、絢子さんがご自身で選んでくださいました。その多くは、原爆の苦しみをその身で実体験してきた人々によるもの。絞り出すように刻みつけたことばで紡がれています。
死ぬ苦しみ、生き残っても続く苦しみ、ヒリヒリと痛むほどに強く訴えかけてきますが・・・そこに表現されているのは、怒りや絶望だけではありません。
絶望の淵にあっても、新しい命によりそう人間の美しさ。尊厳。生きるということの尊さ。
そこにあったひとつひとつの人生が、たしかに掛け替えのないものだったという証が、刻まれています。
語り継ぐことをやめてはいけない。刻み続けなければいけない。
これ以上の過ちを繰り返さないために。
そう訴える声が、凜と響きます。
画家の丸木位里・丸木俊夫妻が、共同制作《原爆の図》を、誰でもいつでもここにさえ来れば見ることができるようにーーという思いを込めて建てた美術館です。
戦争や公害など、人間が人間を傷つけ破壊することの愚かさを生涯かけて描き続けた丸木夫妻。その生命への思いを受け継ぎながら、芸術家としてのお二人の活動を紹介しています。
出演者・スタッフ
構成・演出・出演/堀 絢子
音響/吉川安志 照明/阿部千賀子 舞台監督/小立哲也 制作/小原美紗
撮影・編集/中出三記夫
撮影日:2023年11月25日 19時 会場:プーク人形劇場
■堀絢子
俳優。中国・奉天(現 藩陽)生まれ。主な出演作に帝劇ミュージカル「スカーレット」文学座「にごりえ」など。声の出演では、「忍者ハットリくん」「新オバケのQ太郎」「チンプイ」など多数。













