『ユビュ王』 劇評

ネヴィル・トランターの魔術

 ネヴィル・トランターの「ユビュ王」を観る。
 19世紀末に初演したときには誹謗をあびたという、フランスのジャリのセンセーショナルな戯曲が原作。私は原作を読んでいないが、シェークスピアのマクベスや、王位簒奪者の物語という伝統的なテーマが下敷きにあることは理解できる。ネヴィル氏はこの物語をシンプルな舞台で、一人で10体以上の人形を使い、声を一人で見事に使い分け、「権力と人間」、「野心をもった人間の恐ろしさ」を浮かび上がらせた。
 人形劇だからこそ、人間の残酷さ、醜悪さなどのテーマのみが抽出されて直接伝わってくるのだと感じた。なぜだろう?
 それは、ネヴィル氏の芝居には、生身の人間の俳優では表せない人形劇のマジックが多くあるからだ。
 ネヴィル氏と人形との関係は、人形への絶対的な信頼からなっている。人形は、人間よりも素晴らしい俳優だとネヴィル氏は信じている。それを証明するためには、卓越した人形操作の技術がある。それは踊りの振り付けのように計算されたものであるが、観客はそれに引き込まれ、人形に感情移入ができる。人形にすべてを託し、語らせるが、そこに自分も演技者としてかかわっていく。
 ネヴィル氏の人形は、目線の動きが重要で、動きには無駄がない。人形は、ネヴィル氏と対話し、一体化する。操作者と操作されるものという関係ではなく両方が行き来する。2体の人形を同時に持ちながら、自分も演技者になっているが、観客は混乱しない。人形を操作しながら、人形にも操作される(人形の反応を即座に受け入れている)が、それが自然にみえるというのがネヴィル氏のマジックだ。おそらく、いまのような形での出遣いで芝居をおこなう以前に、けこみを使った人形でもかなり研究していたのではないかと推察される。そして俳優としての卓越した能力が根底にあると思う。
 人形劇の魅力は、生身の俳優でみるより、感情が、人形というフィルターを通じて伝わってきて、本質的なものだけが見えてくるというところにあると思う。また人形なのでどんな形にも造形することができて、大袈裟な仕草なども可能だ。ユビュ王のように、人間の醜さや猥雑さ、エロチシズムがテーマの芝居では人間の俳優が演じたら、あまりに生々しすぎる。ユビュ王の形象をつくるにも限界があるのではないか。ネヴィル氏のユビュ王や夫人は醜悪でもあるが、滑稽でもあった(ちなみにロシアの皇帝は私のロシア人の友人にそっくりで笑えた)。

 人形美術の卓越さ、演技のマジック(ネヴィル氏は現代の巫女とも呼べるように帰依する力が強いが、そこには大変なテクニック、演技の研究、計算の裏付がある))で、ユビュ王は見事な芝居になった。

 原作を読んでいないので何ともいえないが、原作はそれほど優れた作品ではないもかもしれない。ネヴィル氏の芝居を私は独立した彼の芝居として観た。そして「ユビユ王」がまさに、現在の、戦争があり、分断されている世界を見事に予言していたことに驚嘆した。ロシアの専門家だからかもしれないが、独裁者に振り回されているこの時代に、なぜ人は権力にとりつかれるのか、なぜ争いは起こるのかということを象徴的にこの芝居は示していと感じた。社会的なテーマを人形劇にできて、しかも哲学的に人形劇で凝縮してできる人形劇役者は世界にもあまりいないのではないか。セリフや人形の動きに笑える箇所も多かったが、ある意味、怖い芝居であると思う。舞台中央に台座に置かれた王冠は象徴的だった。ネヴィル氏が「演じる」ノーボディは、ユビュ王がいなくなったあとも次に現れる独裁者だ。(私は、ノーボディは芝居の中で狂言回しのように感じた。人形で演じられる人物たちを影で実は操っており、それを演じているのはネヴィル氏―幾重にも仕掛けがあるように思う)

ネヴィル氏はこの作品で俳優としては引退をされるとのことだが、今後、演出家、教育者としてぜひ活躍してもらいたい。人形劇に関する本を書かれたら興味深いと思う。

三好宏子


■公演日時

■入場料

(全自由席/中学生以上推奨)

・一般前売り ¥3,800
・ペ ア 券  ¥7,400
・友 の 会  ¥3,600
・U 2 5   ¥ 3,200
(25歳以下/要身分証提示)
・U 1 8    ¥2,800
(18歳以下/要身分証提示)
・当日券   ¥4,000 均一


お申込み・お問合せ・会場

〒151-0053
東京都渋谷区代々木2-12-3 ≫ access
03−3379−0234
予約専用:ppt489@puk.jp


助成 :
文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等活性化・ネットワーク強化事業 (地域の中核劇場・音楽堂等活性化))|独立行政法人日本芸術文化振興会、
オランダ王国大使館

後援 :
南新宿町会、南新宿商店会、西新宿一丁目町会、西新宿一丁目商店街振興組合、NPO法人日本ウニマ、日本人形劇人協会、一般社団法人全国専門人形劇団協議会、一般社団法人日本演出者協会、こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ